めおとフーリガン工房

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大江戸鬱日記 #007

2009年12月

#00087 西が丘の風景
12/31/2009

 歓喜と落胆。

 現役最後のゲームになってしまった原歩選手のCK。

 「元日国立」の夢、叶わず。

 「完全燃焼しました」。お菓子や栄養ドリンクをプレゼントされていた。「今後の予定は、まだ分かりません」。北京五輪での活躍、最高でした。「13」番のサイン、ありがとうございました。

 多数駆けつけた浦和レディース・サポのみなさん、原選手にとって現役最後の試合、コールくらいしてあげなきゃ。北京五輪代表では、安藤梢選手、柳田美幸選手、矢野喬子選手、山郷のぞみ選手とチームメイトだったんだぜ。

 女王登場。

 笑顔の向こうには苦しい日々。元日本代表の小林弥生選手

戦う母親とは?

 同じく元日本代表の宮本ともみ選手。「なでしこ」のひたむきさを教えてくれた人。アテネ五輪アジア地区最終予選の北朝鮮戦、僕はゴール裏で泣きました。



 正解は「2分」でした。第4審の新川里佳子さん、照れ笑いしてましたね。

 笑顔のない3位の表彰式。

 今年のオールスター、前半で退いたのは、「ケガをしていたので代えてもらいました」。また、次の夏に西が丘でお待ちしています。最後まで手を振って下さって、嬉しかったです。

 第31回全日本女子サッカー選手権大会準決勝(12/28/2009、西が丘、晴れ、1831人)
  浦和レディース 3-2(3-1)INAC神戸レオネッサ
  東京電力マリーゼ 1-2(1-0)日テレ・ベレーザ


#00086 東京夜景めぐり その2
12/25/2009

クリスマス アトモスフィアショー」の初日は「東京ベルオーケストラ」によるハンドベルの演奏。みなさん、表参道に行かれたようで、聴衆は40-50人ほど。

 この街の中心は、やはりこれ。

 「『ビール』が答えだが、その質問を思い出せない」。ピンクの象が至るところにある。それくらい飲める場所。サッカー経験者の店長さんとの会話が弾む。

 デリリウムカフェ レゼルブ
 2008年開店
 東京都港区赤坂5-3-1 赤坂Bizタワー1F
 03-5545-7730

 ここは以前、カプセルホテルか白木屋だったと思うんだけど…。28年前はどうだったろう。向かいに果物屋さんがあった気がする。

 正直、写真に収めることを躊躇した。1982年2月8日にここで起こったこと、その後の経緯を目の当たりにしてきたから。登校が辛かった。翌日には日航機羽田沖墜落事故まで起きて、メチャクチャな日々だったよ。かの力道山も、ここにあったナイトクラブ「ニューラテンクォーター」で刺され、命を落とした。

 何年か前の正月には獅子舞を見物でき、振る舞い酒もいただけた。今でも続いていたら嬉しいな。

 バブル経済のころ、クリスマスシーズンは常に満室だった。


#00085 もうすぐクリスマス
12/23/2009



#00084 橋の下でタバコを吸わないで
12/22/2009

 「ここは数学科の先生が良く来るから、タバコには気を付けてね」。

 あれは28年前、私が高校3年生の時。興味本位でタバコを口にする仲間がいた。そんな仲間を、マスターはやんわりと注意してくれた。

 足を向けたのは2-3回。でも、冒頭のひと言がどうしても気になっていた。みんなが憧れたイタリアン・レストラン「ピッツェリア マルーモ 赤坂本店」で、ホームステイ時の仲間と25年ぶりの同窓会をする予定があった。

 思い切ってお邪魔してみる。

 「あのひと言を言ったのは僕です」。見覚えのある笑顔だった。「28年前は、ご迷惑をおかけしました」。今の気持ちを伝えたかった。

 常連客であった数学の先生から、「うちの学生がおたくでタバコを吸っている」との苦情があり、マスターが頭を下げたそうだ。

 「あの時代は何でもありだったから」と笑顔で仰るが、本当に申し訳ないことをしてしまった。

 聞けば、その喫茶店は、原信夫とシャープス&フラッツ、宮間利之&ニューハードや岡本章生とゲイスターズなどジャズの名立たるビッグバンド、あるいは「TBS」の当時の人気番組「ザ・ベストテン」のバックバンドの方々が夜な夜な集う赤坂ジャズの「聖地」だった。

 背伸びをして入り浸っていた訳ではない。子供のくせに、大人の大切な場所に土足で踏み入っていた。若気の至りとはいえ、無知を悔いた。

 息子さんはサッカー経験者。マスターの奥様に伺うと、コーチは住金出身だとか。

 彼も今年から日立台のゴール裏に参戦。第34節の川崎F戦、柏の選手が倒されてPKをもらった際には、「そんなPKは要らねぇよ!!」と怒号が飛んだそうだ。

 15の夏、2002年のW杯で名勝負となった「イタリア−クロアチア」をカシマスタジアムで観戦。カシマは屋台村も充実していて素敵でしょ? 再来年にカシマで会いましょう。でも、その時には鹿島アントラーズが2-0で勝つからね。

 私のジャズ歴はまだ22年。席を立つ時に流れていたのは、ソニー・クラークの「Cool Strutin'」。

 「28年かかって、やっと追い付けました」「また来て下さいよ。ライブもありますから」。

 店の名前は「橋の下」。

 「ブログのタイトル、『ベッドでタバコを吸わないで』にかけて『橋の下でタバコを吸わないで』にしてみたいんですけど」。

 「『橋の下』ではタバコを吸ってもいいんだよ」。

 JAZZ 橋の下
 1975年開店
 東京都港区赤坂3-7-15
 03-3505-5059


#00083 東京夜景めぐり その1
12/21/2009

 結婚前に相方とはここでデートしたよ。

 ツリーの真下で記念撮影するカップルが多かった。

 師匠「M」は覚えているだろうか…。

 携帯でツリーを撮る相方を必死に撮った。

 年末と言えば、これ。

 メディアで必ず紹介されます。

 一本裏道に入ると…。

 やはり本物は違う。

 僕が青春を過ごした街。和服の女性が「らしい」ね。


#00082 やっと終わった
12/18/2009

 「NIKEフラッグシップストア原宿」で「THE 3 PEAT特別展示」を見学。「ここで私を撮ってごらん」と、でんと構える銀皿。埼スタで撮って、クラブハウスで撮って、スポーツセンターで撮って、もうへとへと。

 サイン入りの巨大サッカーボール、OBの山本拓弥さんが担当されたとか。

 興梠選手、新たな課題が見付かりました。「ョ」でも「ォ」でもないんだよなぁ。

 腹黒い方から腹黒認定されたのには、やはり理由があるのかな?

 たまたま見付けた「カフェano」で夕食。「ロシツキ選手のレプリカを持っています。W杯に出られなくて残念でしたね」「ネドベドの存在が大きかったですから…」と女将。

 歩道橋から見える光景を楽しみにしていた「表参道 H.I.S. イルミネーション ベルシンフォニー」、22時を回っちゃってて終了…。この間来た時には、まだやってなかったし。「表参道ヒルズ」のツリーでも見て帰ろう。

 原宿駅前でジャズの路上ライブに遭遇。曲はマイルス・デイビスの「Oleo」。

 程嶋日奈子さん(b)、横田寛之さん(as)、秋葉正樹さん(ds)の3人組。程嶋さんはジーコさんが鹿島で活躍していたころにカシマスタジアムへ良く行っていたそうだ。しかも、通っていたスクールが僕の通っているスクールのすぐそば。不思議な縁ですね。


#00081 優勝記念祝賀会 その2
12/16/2009

 お手洗いから出てくる一人の選手の姿を見た。声をかけた。

 「こんにちは。来シーズンは、もしかして…」。

 「ジュビロですか?」と言うべきかどうか悩んだ。だが、敢えて口にしてみた。

 また聞かれちゃった、という表情を一瞬見せた。

 「はい。僕は外国人だから試合に出ないと…。試合に出たい。でも、チームの状態が良くない。だから、鈴木満さんとも話をしたんです」。

 問いかけ以上のことを話してくれた。

 チームの状態が良くない、とはどういうことなのか。今になって察しがついた。

 「あなたのサッカー人生は一度だから、悔いのないように。たとえ対戦相手として相見えるとしても、鹿島サポーターはいつも応援しています。それは、私たちがファミリーだから」。

 彼は深く頷いた。

 「でも、その時には思い切りブーイングをしますよ」「分かっています」。

 続けて、「2-3年したら、鹿島に戻ってきたいです」。

 来年も鹿島でプレーしたかった、というのが本音なのか。

 「スタートダッシュに成功したのは、あなたがヒーローだったからですよ」。

 「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべた。

 今、サインをもらわないと、と思ったのは、現スカウトの熊谷浩二さん以来だ。

 持っていたユニフォームにサインをいただいた。そこには「35」という数字が書かれていた。


#00080 敬意
12/16/2009

 「アントラーズはチャンピオンになって、まだシャンパンも抜けきってなかった。それが幸いしたのかもしれません」。

 第89回天皇杯準々決勝で鹿島を倒したG大阪・西野監督のコメントである。

 失礼千万だ。我らがオリヴェイラ監督が常に言っている「敬意」が感じられない。

 人間、調子に乗っている時、思わず本音が出たり、その人の本性が露になったりするものだ。

 東京駅の食堂街で、小便を漏らしそうになっていたのを救ったのが私たち鹿サポだったことを思い出すがいい。その時の様子は「こんな感じ」だった。


#00079 優勝記念祝賀会 その1
12/15/2009

 進行はおなじみの高城光代さん。ちゃんとしたご挨拶をようやくすることができました。「スカパー!」の中継はNHKを圧倒していました。やはり、鹿島を知り尽くした高城さんのピッチリポートがあってこそです。

 獲得したチャンピオン・フラッグの虫干し。会場の設営は徹夜だったとか。

 配られた升。反対側には「祝三連覇」と記されていた。

 大東社長の挨拶。

 岩政選手会長がシャーレを持って登場。

 鏡開き。

 お約束となったオリヴェイラ監督の演説。

 入場者数は約3000人。ラストはこんな感じでした。

 「エミール」のおばちゃん、いつもありがとう。大盛りでお腹いっぱい。来年もよろしくお願いします。


#00078 鹿島ナニコレ珍百景 その4
12/13/2009

 「ご願申し上げます」とお願い申し上げるしかお君である。


#00077 鹿島ナニコレ珍百景 その3
12/11/2009

 以前にも指摘したけど、間違いが2つあるね。

 ちなみに、「その2」の正解は…。「大迫君のお兄さん」。


#00076 鹿島ナニコレ珍百景 その2
12/10/2009

 僕の平衡感覚は相当歪んでるな。

 「アントラーズカフェ」で早めの夕食。ここのパスタはいつ食べても美味。優勝祝いのアイスクリームのおまけ、僕たちがラストだったみたい。いいね、サインとか写真が何気なく飾られていたりして。

 広報担当課長・小西さんのコラム「鹿耳東風」。本文に出てくる「あるライバルチームでプレーしていた元スター選手」って、例の名言を残した、あのお方しかいない。

 このキム兄、だぁれだ?


#00075 鹿島ナニコレ珍百景 その1
12/09/2009

 今年もまた、この季節が来たね。

 おかしいと思わないかい? さりげなく置かれているんだよ。マルキの顔が半分写っていないのは、ブラジルに帰っていたからなのかなぁ…。

 花の芳香に包まれて、初めて優勝・3連覇を実感したね。

 「川崎フロンターレ」武田社長から贈られたお花、いつもあった気がする。お祝いの気持ちを伝えたくて、クラブハウス2階にお邪魔した。

 「川崎さんからのお花は、いつもありますよね? 2007年もあった記憶があるし…。 川崎さんからだけですよね?」「ええ、いつも下さっています。Jリーグの理事会などで親交があるようですので」。スタッフの方が教えてくれた。

 大東社長をお見かけしたので聞いてみた。「仕事上でお付き合いがあるからですか?」「そうだね」。

 川崎フロンターレ広報担当の方から、丁寧な回答をいただいた。

 「特に鹿島だからというわけではありません。以前からJ1・J2問わず、優勝チーム、またJ1昇格チーム等についても同様に贈っています。それは、かけがえのない大切なJリーグの仲間だからです」。

 再開試合、優勝争いうんぬんではなかった。

 メディアは川崎との関係を因縁にしたいようだけど、真実は純粋なものだったね。

 ショップ横にはクリスマスツリー。手作り感満載で素敵です。


#00074 究極の大記念撮影会
12/06/2009

 やるしかねえのは表彰式かな?

 難しい試合だった。雨で濡れたピッチ、優勝へのプレッシャー。押し込まれる時間も長かった。0-0で折り返した一戦は、1点勝負になると思った。66分、内田選手のクロスを興梠選手がダイビングヘッドで合わす。

 ダミ声のお母さんも、さぞかしお喜びのことでしょう。

 副審さん、ちょっとの間だけでいいから見逃して。お願い。

 終了間際は、移民したお祖母さんをブラジルから呼び寄せた闘莉王選手の気迫に押し切られそうなシーンの連続だったな。

 3分のアディショナルタイムは気が遠くなるほど長かった。やっと、その重圧から解放された。で、その瞬間を櫻井由美さんがいつも通りにカメラで記録として残している。

 やっとだったね。このために1年間頑張ってきたんだよね。

 広がる歓喜の輪。ハート形だよ。

 ガッツポーズなんてしちゃったりして。

 固まる浦和サポーター。

 雨の中、必死に声を出し続けたゴール裏のみなさん、お疲れさまでした。

 あれ、ボードに何も書かれていないよ。

 オリヴェイラ監督と抱き合うマルキーニョス選手と内田選手。

 3本指を立てた姿だけで十分だよね。

 大東社長も駆けつけた。日の丸の鉢巻きを巻いているのは…。フィジオセラピストのアレックスさん。

 「24」のユニは、東アジア競技大会に出ている當間選手のもの。そして、フィジコの石井さんはいつも通りにビデオを回すのだ。

 オリヴェイラ監督が宙を舞う。

 オリヴェイラ監督に最高のバースデイ・プレゼント。

 横浜国際では、いろいろあった。

 おっ、俺たちのエンブレムが付いてるぜ。

 チャンピオン・フラッグは来季もカシマスタジアムではためくのだ。でも、僕の Socio 席からは見えないんだよ…。

 これだよ、これ。究極の大記念撮影会。ポージングどうこうではなし、レフ板や技術、構図うんぬんでもなし、やり直しの利かない、自由に振る舞う選手たちの姿の一瞬を切り取ること。小笠原選手、「去年の新井場選手のまねをしただけ」だって。

 続いて曽ヶ端選手。

 内田選手。右足を後ろに流してかわいこぶったりして。

 興梠選手。頼もしいエースに成長しました。

 「レッズなんて埼スタで優勝を決められたことないでしょ」。試合前にそう言い放ったのは、かわいこぶってた「あの選手」。その腹黒さ、いいよいいよ。

 Jリーグ17シーズンでこんな光景を目にしてきたのが7度。田舎に咲いた奇跡の花「鹿島アントラーズ」。

 浦和の選手が場内一周。足取りは重かった。旗を持たされた姿が痛々しかった。サッカーって残酷だ。移籍が確実な闘莉王選手には、鹿島のゴール裏から拍手と声援が送られた。彼もそれに応えて手を振ってくれたそうだ。

 ちなみに、ゴール裏からの光景はこんな感じ。

 それにしても埼スタ、写真を撮るのは難しかった。完全アウェーだったね。カシマだったら、思い通りにバンバン撮れるのに。そうそう、僕がメイン最上段で声をかけさせていただいた鹿サポのカメラマンさん、どうでしたか? 究極の記念写真は撮れましたか?



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